gallery2

2002年6月のINAXギャラリ−2 Art&News
Shim Moon Seup (沈文燮 シム・ムーンセップ)
― 石と光と水の声 ―

会期 : 2002年6月3日(月)〜29日(土)
休廊日 : 日祝日

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。



光る紐と紙飛行機

入澤ユカ(INAXギャラリーチーフディレクター)

李朝500年のかたちを、私たちは民芸運動の先駆者の目を通して理解してきたところがある。韓国の美術や工芸の本質を、簡素だから十全な素材感と造形力とたくまざるユーモア感をもっているものと見て、揺さぶられてきた。しかし何度か韓国のまちを歩き、美術館や博物館に行っても、簡素で十全なものに出会うことは少なく、ある視点を刷り込まれて理解していたのではないかと気がついた。

沈文燮(Shim Moon Seup)の展覧会をしたのが、ちょうど20年前の7月だった。INAXギャラリー2をはじめて、まだ4回目だった。土の素焼きの立体だったが、韓国の現代美術の立体作品をきちんと見たことがなかった私には、まるで李朝の物神がつかわしてきたのだと思うほど、沈のかたちの瞬間をつかまえるちからに驚いた。日常の道具や祭祀のかたちのエッセンスがまとわりついている作品からは、始原の香気がたちのぼっていた。
私たちの国の人は、こんな粗削りなところで手をとめられない、こんな途中ともいうべき時間でかたちをとめられないと思った。私たちの国の、粗削りや途中と思ってしまう心性が、始原のちからの薄い到達形を生み出してきたようにも感じた。
ちょうど建築には、コンクリートの打ち放しとともに、豪華な狂騒空間がつくられていたが、そのいくつかに置かれた沈の作品は、主客を反転させ、空間を覚醒させていた。

昨年12月慶州の美術館で、はじめて沈文燮の大規模な展覧会を見た。鉄や木や石や土や、水の流れる作品があった。高い天井、何室にもわかれてある空間に、無尽蔵な塊感の作品が並んだ。しかし、その中で私がうろたえてしまった作品があった。新聞の束が石の板といっしょに光った紐で縛られていたもの、光った紐が点在する石を雑然とした印象でとりかこんでいたもの、あるいは、ざっくりとした方形の石と、樹皮を剥いだ半分に割った丸太のうえに、白い紙飛行機に見えるかたちがのっていたものの前で、反射的に叫びそうになった。
沈は退行したのか、沈は今頃になってなぜ直喩を配してきたのかと。
素材の側に何もかもあると認知させた作家が、なぜ新聞の束と光る紐と紙飛行機をもってきたのか。しかし、私こそ直喩なのだった。光る紐を光ケーブルと読み、新聞にメディアを、紙飛行機のようなものに同時多発テロを見ているのは、私だった。沈は深く感応せよ、思考せよと光の紐と紙飛行機をしかけたのだ。鉄や石や木や土や水はしぜんで、新聞紙や光ケーブルや飛行機は人工ぶつなのだという単純さを、黙然と撃ってきた。途中にしか見えないものが、もののすべてをあらわそうとしているまさにその瞬間であると一貫して現してきた沈が、人工ぶつに見えるものの、いま現われてくるエナジーを感知して配していたはずだ。沈をエキゾチックコリアンとして見ていたのは私だった。李朝の文脈に似合わないと勝手に決めていた。現前というタイトルで、作品くさくなっていく直前でとめて、あるものを名ざしてしまうことへ大らかに抗ってきた作家が、新聞の束や光る紐をつかって、いま現前するものを見よとうながしている。
今展には、私が狼狽したものを選んだ。違和感こそまなざしの解放で、狼狽こそ次の驚嘆へ連れていく。




展覧会TOP PAGE 作家略歴 INAXギャラリー2
2002年の展覧会



INAX CULTURE INFORMATION
http://www.inax.co.jp/Culture/culture.html

ギャラリー2へのご意見、ご感想、お問い合わせ等はこちら
E-mail : xbn@i2.inax.co.jp

本ウェブサイトからの無断転載を禁じます

symbol
 Copyright(C) INAX Corporation
 http://www.inax.co.jp