新宮晋のウインドキャラバン
中原佑介 (美術評論家)
2000年6月から2001年11月までのほぼ1年半をかけて、新宮晋は「ウインドキャラバン」(WIND CARAVAN)というアート・プロジェクトを実行しました。私は今アート・
プロジェクトといったけれども、この計画はいわゆるアートの文脈、あるいはアートの語彙には収まらない、前例を見ない性格のものでした。
新宮晋は1960年代の半ば頃から、風で動く作品を作りつづけている美術家です。各地の美術館の庭、あるいは駅前広場や公園に設置されているこの美術家の作品を目にしたひとは少なくないと思います。そして、このウインドキャラバンも風で動く作品が基本になっているので、それをアート・プロジェクトといったのですが、しかし、それは風で動く作品を屋外に展示してひとびとに見せるというものとは、およそかけ離れていました。
新宮晋は21個の作品を一台のコンテナーに収納し、それを地球上の6か所に運んで設置しました。作品をコンテナーにいれて各地を巡回しそこで展示するということでは、新宮晋は1987年から89年にかけて「ウインドサーカス」という計画を実行しています。それは10個の作品を欧米九つの都市で一時的に設置し撤去するというものでした。
コンテナーに収納して巡回、そして一時的設置と撤去ということではウインドキャラバンはウインドサーカスと共通しています。しかし、このキャラバンが決定的にちがったのは、巡回先の場所の選定です。兵庫県三田の田圃、ニュージーランドの無人島、フィンランドの凍結した湖上、モロッコの岩山、モンゴルの草原、ブラジルのアマゾンに近い砂丘。ひとことでいえばひとびとが日常的な生活を営んでいる空間あるいは環境ではない場所です。こうした場所の選定は、このキャラバンでは、作品を野外展としてひとびとに見せるという発想が根本のところでないということを物語っています。
この計画のごく初期から相談を受けていた私は、発想には全面的に賛成はしたものの、そうした場所でどうなるのかという危惧も感じないではいませんでした。しかし、モンゴルの草原へゆき、ブラジルの砂丘を訪れて開会式に参加したときには、それが全くの杞憂であることを
実感しました。そしてなによりも私の心に響いたのは、草原、砂丘に設置されて風で動いている作品を媒介として、自然のなかで風を感じ風と遊んで喜んで動きまわっている地元の子供たちの表情でした。
作品は造型的な目的物ではない。それは人間と自然を結ぶ媒介であり手段なんだということを、新宮晋はこのウインドキャラバンではじめてきわめて明快に、かつ大胆に示したと思います。作品として見れば、モンゴルの一面みどりの草原、ブラジルの真っ白い砂丘といった無人の空間で風のままに動いていた作品群はどこか神秘的な趣きがありました。それは都会ではおよそ感じさせなかったものです。
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