gallery2

2002年3月のINAXギャラリ−2 Art&News
栗田宏一 展
― 土のじかん ―

会期 : 2002年3月1日(金)〜27日(水)
休廊日 : 日祝日

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。



土のむげん

入澤ユカ(INAXギャラリーチーフディレクター)

十数年まえのニューヨークで、かの地にしばらく滞在していた美術家の岡崎乾二郎さんから、セントラルパークに隣接する「自然史博物館」の「ミネラル」の部屋に行ってみることを、強くすすめられた。博物館の中の、最も奥まったところに「ミネラル」、つまり「鉱物」の部屋がある。エントランスにはアポロ号が持ち帰った大きな「月」の石がある。中に入ったとたん、鉱物がかつて存在していた深さが、重力となって押し寄せてきた。そこからは、地中の海を泳ぐ人魚になって、鉱物のエネルギーを推力に進む感覚で、館内を回遊し続けた。鉱物ごとの「鉱気」を浴びて、気がついたら半日以上もそこにいた。そのとき、すべての物質は、それ自体の固有のエネルギーを発していることを、心身ぜんぶで知った。 「地中にはすべての色があり、かたちがある」という圧倒的なフィクションとノンフィクション。そして自然や美術的なるものについての無限で、無間で、夢幻な自問も発生し、今なおその想念の中にいる。

栗田宏一とはいつか出会うことになっていた、と今になって確信するのだが、それが2000年の春だった。多くのすぐれた人たちによってすでに発見されていた栗田に、私が出会うまでの径庭が、私の鉱物が土になっていく時間だった。たった一葉の、1997年京都法然院で行った土の曼荼羅の写真に出会ったとき、私の過去未来のしたかったことが、完全なかたちでそこにあると思った。そのとき彼は思いがけないことを言った。「このしごとは芸術ではないのです」と。「日本中の土中から一握りの土をとってきて、丁寧に乾かして、粒子の大きさ順に分類していくだけなのです」と。それは、美しいものも、すべてのものは自分の側にはなく、もの、そのものの側にあるのだという意味だと受けとめた。

昨年の夏、愛知県常滑市のINAX「世界のタイル博物館」のシリーズ企画「やきもの新感覚」で発表してもらった作品は、小さなかわらけに水に溶かした土を入れ、9の倍数の729個を、正方形に並べた。この時点で栗田の採取した土は、日本の全都道府県に及び、一万点を超えていた。真夏の展示室で、かわらけの水はあっという間に蒸発して、729色の泥海は、729の蒸発のかたちを刻んだ。
栗田のしごとは、さまざまな場所の任意の一地点から採取したものが、全世界の、そこにしかない、その瞬間の粒子なんだという、土地あるいは土も、ひとときも不動ではない物質であることを示した。 栗田の行為には、すでに10年をこえる「満月の夜に小石を拾う」というものや、「旅の途中で、不在のじぶん宛に微量の土を透明テープで貼りつけて送る」というもの、「そこの土を、そこで野焼きしたもの」などがあるが、これらは彼の中のどんな位置にあるのだろうか。その微妙な境界を問いただしたいわけではない。何かに遭遇することへのやみがたさで浮遊する者にとって、「美術にかかわる場所」で展示されようと、「宗教にかかわる場所」にあろうと、どちらでもいい。しかしまるで運命のような法然院でのイメージによって、彼を土の求道者にしてしまうことや、私自身も、彼の「土」が引き起こす神秘や、永遠というメタファーにまるごと絡めとられないことだけは意志しなければならない。
なぜなら栗田とは、「土」が刻々とちからをかえる物質で、私たちはこれからも「土」のはてしないすがたに、いくども出会えるということを示す者だから。




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