今月の営業日誌は岩波ブックセンター信山社、本の街として知られる神保町の中でも、歴史ある書店の登場です。 地下鉄神保町駅すぐ上の立地の良さ、知名度の高さから、店を待ち合わせに利用されている方もよく見かけます。
1913年(大正2年)にこの地で創業した老舗出版社、夏目漱石の『こころ』を世に送り出したことで知られる岩波書店の直営書店でした。 2年前に経営母体が変わったものの、岩波書店の各刊行シリーズの品揃えは今日でも群を抜いており、この店のウリの一つです。売上も全国トップクラスを誇ります。

このほか主な商品構成は、雑誌、国内外の文学書、ビジネス書、文庫のほか、神保町らしく、出版・編集関連書もあります。 学生街なので、辞書は置いてありますが、コミックなどはありません。
取材した担当によれば、「訪れるお客様によって、此処に置くべき本が選ばれている」そうで、本に詳しく、情報にも敏感なお客様揃いです。 神保町の他の書店で品定めをしておきながら、「買うのは此処、岩波で」と決めている方も多いそうです。

年齢層が高く、高額本でも惜しまずに買うお客様が多いのが、こちらの店のもう一つの特徴です。
特に、人文・歴史・宗教関連書の品揃えには定評があります。 皇族関連書も人気が高く、最近でも昭和天皇に関する書籍が3日間で25冊以上売れたといいます。 また、岩波書店の新刊だけを、それも必ず発売当日に買いに来られる方がいるなど、新刊の仕入は気が抜けません。 間に合わない場合は、出版社に頼み、問屋を通さずに直接納品して貰います。
殆どが顔見知りの常連さんなので、店の側も「この新刊は、あのお客様の為に・・・」と、先を読んで仕入れます。 70坪という規模に見合った品揃えと、それを求めるお客様との間のバランスが良くとれているお店です。
また、図書券購入の際に、画家の梅原竜三郎の包装紙を指定されるお客様も多いなど、伝統あるブランドへの信用の高さも伺えます。
これら書店員の日々のエピソードからは、お店の歴史の深さ、また重さを強く感じました。 中でも、「1917年(大正6年)に『漱石全集』が刊行された時に並んだ」、または、東京大空襲関連書の写真の頁をめくりながら、「自分や家が載っている」と涙ぐまれたお客様がいた、という話が忘れられません。

お店には、10時の開店と同時にお客様が訪れます。 年配の男性が殆どで、じっくりと本を選んでいかれます。 周囲には、大学関係者が良く出入りする学士会館や、質の良い映画を配給することで知られる岩波ホールがあります。 所用のついでや、午前中の上映の前後に書店に立ち寄られるお客様や、老夫婦も多いとか。 そしてよく、店内奥の児童書コーナーでお孫さんへの絵本を選んでいかれるのだそうです。 『ぐりとぐら』など昔から愛されている絵本がよく揃っていますが、マスコットなど大人のプレゼントでも楽しめる雑貨モノも置いてあります。

このようなスタンダード中心の品揃えのほか、店内をよく見て回ると、『国立民俗博物館会報誌』や、落語のカセットブックなども置いてありました。 雑誌バックナンバーも良く揃っています。『創』、『環』、『諸君！』、『東京人』・・・このほか『谷根千』などの小冊子まであります。 中でも珍しいのは、畸人研究学会の研究活動誌『畸人研究』です。都内でも置いている書店が少なく、問い合わせもよく入るそうです。

INAX出版の本は、6年以上前からほぼ全点が揃っています。ずっと定位置で変わらず、入店してすぐの左の棚に、『BOOKLET』、『TenPlusOne』、『10+1series』の各シリーズの新刊と既刊が並んでいます。民家シリーズのまとめ買いもあるという『ALBUM』のシリーズは、少し離れた対面の棚に揃っています。 INAXギャラリーの展覧会案内DMや目録も、一緒に置いて戴いています。
8月中旬からは、入口正面の平台で、INAX出版フェアも展開中です。BOOKLET『林丈二的考現学』、『鳥瞰図絵師の絵』が、新刊刊行時に好評でしたが、フェアではまた違った動きもあるようです。