gallery2

2003年5月のINAXギャラリ−2 Art&News
西本剛己 展
― 静かな部屋 ―

会期 : 2003年5月1日(木)〜28日(水)
休廊日 : 日祝日

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。



西本剛己の部屋で

入澤ユカ (INAXギャラリーチーフディレクター)

会場写真

西本の作品には、脳が反応した。いつもは目であり体に兆す反応が、脳にきた。作品によって、考えることがはじまった。西本の作品は高踏的に見える。そう言いながら、高踏的とはいったいなんだと自問する。小難しいということか、難しいのじゃなく、小難しいとは自分の中でどういうことか。理屈を聞きたくない気持ちに近い。
作品は素材も、構造も、命名も、配置も小難しくあらわれる。バイオリンの意味、包帯の意味、文庫本の意味、書架の意味。「経済学の薔薇」というタイトルに、気持ちが騒いだ。西本は命名したい一心で、物量としての作品を出現させたのではないか。そう思いたくなる命名だ。自身と他人に向けて、「作品」と「タイトル」を投げかける衝動はいったいどんなことなのか。
美術館やギャラリーで、同類をみつけた思いにかられるかすかな接触のいくつかを思い出す。脳に腫瘍のように残る作品。文学に感情を揺さぶられたことのある体質をついてくる。

古く煤けた岩波文庫をびっしりとつないで、ぐるっと円にした作品が、「経済学の薔薇」。サブタイトルなのか「日蝕―経済学」とある。サイズが記されたもう一段下には―経済学の文庫本166冊、木工パネルに顔料―と小さく記す。
遠い小さな街の古本屋で、色褪せた経済学の文庫本を探して彷徨する西本の姿が浮かぶ。探し歩くのじゃなく、「彷徨」と書く「陥穽」にはまっている。穴じゃなく陥穽と書いてしまう漢語の理のなかにからめとられる。
美術の表現にも漢語とやまとことばの様相がある。漢語的表現には理知や意味を見て、やんわりと忌避していたはずなのに、西本は無口で強引なシェフだった。作品という料理に誘われた。思想や感覚や関係をひとまずミンチにして、それからかたちにした味わいの料理は重たい。食べながら、なんとか素材をいい当てようとしてしまうこころのうごきが嫌になる。
だが少したって甘美さのようなものがやってくる。見た瞬間の忌避反応とは、強い反応だったのだ。変種のドーパミンのようなものがじんわりとからだにまわってくる。苦さにはじまって甘美さがあらわれる。同時代を生きてきて、物質の波にさらわれて、だが鉄や紙や生成りの布の切れ端につかまって、ここまで泳いできた彼が、正確に伝えようとしていることが伝わってくる。エンサイクロペデアの円形も美しい。ハトロン紙の書類袋は、満員電車の人々のように傾いて立つ。鉄製のベッドでの浅く長い眠りから降り立つのは、土の上。蛇口に包帯を巻いて、西本は40代に入った。80年代90年代を生きた、20年住みつづけた西本の部屋がここにある。バイオリンの弓、経済学の汚れた本、カーテンを揺らす風、水しぶき。やるせないものがいとおしいものに変換し、いとおしいものが遠いものにかたちを変え、遠いものが静かに脳に語りかけてくる。見える不幸と見えない幸福が、見た苦痛と見ない悦楽が、壁や床に作品という名前で佇む。

「分類学 : 薔薇の咲いた理由」2000年 700×330×h280cm
コンテナ廃材、封筒、小動物トラップ、バラ、羽毛etc. (撮影 : 皆川勇)



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