会期 : 2003年6月2日(月)〜26日(木)
休廊日 : 日祝日
Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。
のっぺらぼう写真館 入澤ユカ (INAXギャラリーチーフディレクター)
菱刈俊作のコラージュは古風に見えた。多くのファイルの中にあって、彼の作品は古臭いとも感じた。しかし急かされるように展覧会を決めたのは、古いこととは変わらないことであり、今日のことでもあるのだと気がついたからだ。
今朝の新聞からでもいい、誰かの正面を向いた肖像や記念写真とおぼしきものを切り取って、コラージュしてみればわかる。そのとき誰の顔をものっぺらぼうにしてみる。そうするとそれらはたちまち私の家族になり、同僚になり、同級生になる。顔のない人物の写真コラージュからショックのような痛みを受けた。 |
菱刈俊作の肖像コラージュは張り合わせた紙片に、モノクロームの絵の具を用いることで、その人物の生きた時代の匂いも消している。全部を遺物のようにしてしまう。最も特徴的なことは人物から目鼻を消し、表情を無くしたことだ。のっぺらぼうのまっしろけに、私の固有が乗り移る。のっぺらぼうは通俗で、陳腐で、グロテスクだから豊饒で、懐かしさと愛おしさと恐怖や悲しみまで連れてくる。顔があると、知ったものへとつなげてしまうが、のっぺらぼうには幾千もの昼夜がどっとやってくる。のっぺらぼうに、見たいものが溢れる。 |
世界中に肖像画はある。王族、貴族、聖人、武将、富豪を偉人たらしめたい誰かによって描かれてきた。そしてそれらのほとんどが正面を向いている。だから写真が発明されたとき、みんな王侯貴族や聖人のように、真正面を向いてみた。世界中総真正面のはじまりだ。 かつてこの国の庶民は絵巻というものに描かれたが、庶民とは何か動作をしている者を指すようだ。田の草をとり、腰をかがめ天秤棒を担ぎ、犬を追い独楽をまわし、飲食どころの床机に座っていたりする。絵巻の庶民は、今日では日々のテレビ画面の中にいて、決して真正面を向いていないものだ。真正面に向くのは、ないものをあるように見せたい最初のかたちなのだろう。家族の一瞬、学級の一瞬、社員の一瞬をカッと目を見開いてとどめようとする。動かない姿とは非日常なので、だから記念写真という。 記念写真がのっぺらぼうなんて見たくない、見てしまう、いろんなものが見えてきた。 |
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