gallery2

2003年11月のINAXギャラリ−2 Art&News
橋本典久 展
― プライベート・パノラマ ―

会期 : 2003年11月4日(火)〜26日(水)
休館日:日祝日

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。


未体験遊泳

宇宙飛行士たちの遊泳映像を見たときがはじまりだった。その後立体画像がコンピュータで合成できるようになってから、私は映像表現にあらわれてくる未知の何かに、どう驚いていいのか考えこんでしまう、感覚不全が続いている。
ほんとうか嘘か、という問いかけももはや無効だ。ほんとうと嘘という対立するもののように、宇宙空間は存在していない。
橋本典久の作品を理解し、驚くまで数分を要した。私に見えたのは、橋本の視点が、被写体に向かっているのではなく、空間の透明な何かの印のようなものに向かうために被写体を借りているのだと。もうひとつ、彼の写真に写っていたのは、空間のあらゆる点が視点であり、視点を定めるのは作家ではなく、被写体としの人間や事物でもなく、やがて見ることになる観客に、未知の自分を発見することだった。

橋本典久の「Panorama Ball」と「ゼログラフ」の二つの発見は、『デビット・ホックニーや伊藤義彦の作品を見て、「写真は一枚である必要はない」と思った。カメラに三脚を乗せ、横方向に複数の写真を撮って繋ぐと円筒形のパノラマ写真ができた。縦方向でも同じだ。ならば両方を同時にできないかと思ってつくった』。単純ともいえる経緯だが、写真を切り貼りしているうちに球体ができたところまでは予想できていたと言う。だが、球体の内側に繋がった画像は、自分が中に入りこんで見るしかなく不可能なことだった。それならば裏返しをしてみようとやってみた。眼と手の愚直な奮闘で、驚くべきかたちがうまれた。
ふだん自分を囲んでいる空間と、そこにある事物すべてを写し撮って球体に貼っていくと出来上がったものは、地球儀ならぬ自分儀のようなものとなる。私には、そこに漏れ落ちた何かがあるのかどうか検証できないが、自分が移動して見えてくるものが、一体になって外側に張り巡らされてあることの驚き。私たちは、回転する地球に乗っている。なのに、その自分が乗っている地球の一点の空間をあつめて貼った、橋本の球体にも乗っている。その自分儀のような球体をくるくる回して見ているという、どこまでも入れ子になっていく親和と違和。
橋本の作品には、空間を箱のようにとらえてきた長いあいだの感覚を剥がされて、途方にくれてしまった衝撃と、カメラと印画紙と手仕事で起こってしまった事故のような、永遠に戻れない宇宙遊泳の乖離感があらわれている。
「ゼログラフ」は、「Panorama Ball」を平面化する図法である正距方位図法で開いたものだという。最初は「Panorama Ball」の被写体になった23人の肖像を、今度は開いてみた。それぞれの理由のある場所へともに行き、場所の記憶を共有した円形の写真。ショベルカーの下という視点で写した作品は鮮烈だった。できあがったものは、ショベルカーが天空の地面を支えていた。写真によって人間の関係性も写るはずだと確信している橋本の写真のなかに、物質どうしの関係性があらわになっている。円形と球体の作品は、充足感と喪失感が交互にやってくる未体験遊泳のようだ。

入澤ユカ
(INAXギャラリーチーフディレクター)




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INAXギャラリー2
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