Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。
入澤ユカ 鬼頭のモノクロームの作品を外国の友人たちはどんな風に感じていたのだろうか。彼の絵に見ていたものは禅宗の寺の庭や、長い年月がたった薄白い漆喰の壁や、書や山水画の陰影なのではないだろうか。そこに見ていたのは日本の静寂ではなかったのか。鬼頭の選ぶ黒は普通の絵具の黒なのに「漆」の漆黒だったり、墨の黒をしている。同じ絵具を使いながら、身体からにじみ出てくる見えない体液で溶かれた絵具は西洋の黒にはならないのだと思った。 その瞑想を誘うともいうべき静寂アンフォルメル絵画に富士山が現われた。こう書くと作家は反論するかもしれないが、幾何形の富士山は、私には真正面から絵画に向かい、そしてもうどんな批評からも自由になった画家の現在が感じられた。真四角とその対角線で切る三角形で構成された「ブラックフジヤマ」は、下塗りの色が仏像の光背のようにかたちを光のような色彩で包む。あるいは色彩の背後に潜んで洩れてくる。もう一つの「ブラックフジヤマ」は家のかたちのようだ。「ブラックフジヤマ」とは私の印象が名づけた符丁で、あえて幾何学の四角や三角でかたちを構成しようとした鬼頭の意気込みは、ようやく西洋や東洋という文化の対比からも、抽象や具象という区分けからも自由になったのだと思ったから愛称をつけて喜びたかった。 職業病のようなこうした癖は、鬼頭の作品に限らず、気持ちのいい構成の抽象作品にすら、遠い昔から馴染んでいたなつかしい感覚だと思ってしまい視野から消していた。たかだか100年くらいの間の抽象という表現についてなぜ、大抵は見飽きてしまったなどと感じたりするのか。折々の作品に本当に感動していないのか、好きではないのかと自問することがある。しかし「企画展をするという表現」に関る私は、「新しさという物差し」と「棘のような違和感」をもって発見していかなければならない。鬼頭の作品がずっと西欧に向いていながら結局伝えてきたのは、日本の感覚だったのではないか。だが新たな発表には、還暦となった闊達さで、日本をも自身をも丸ごと受容したような面構えが加わった。特に「ブラックフジヤマ」には、私が作品というものをすきになる理由「ユーモアのセンス」があふれていてとても嬉しい。
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