gallery2

高橋靖史 展
-3D人体系-

会期 : 2006年1月5日(木)〜1月28日(土)
休廊日 : 日祝日

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。

空間の母型のなかで


高橋靖史は2004年6月、宇都宮美術館でスタイリッシュな展示をした。大きなホワイトキューブの展示室を入っていくと、いくつかの白い作品の先に、小さく赤いものが揺れていた。回り込んでたどり着くと、それは真っ赤な何百枚ものシャツを丸めて貼り付けた高さ3m幅7m余の圧倒的な存在の壁だった。まるで赤い薔薇の花の密生で、そこから先が尖った木の枝が無数に飛び出ていた。呆然と見入った。この赤い壁は、周囲に点在する白色の人体様の作品にうっすらと仄赤さの影をさしているようにも見え、また人体作品が演じる舞台の豪奢な緞帳か、華やかな背景のようでもあった。いや、そこに配置された輪切りに積層されたトルソーや、石膏を人体パーツに刳りぬいたキューブ、高い壁に穿たれた人体パーツの小さな穴を手がかりに、美術館という無限空洞に彼自身を探す巡礼の墓標なのかもしれない。

圧倒的な赤の壁とあわあわとした立体の配置作品をスタイリッシュだと感じた印象が変容したのは、それから1年半もの月日がたち、今展のリーフレットのための写真を手にしてからだ。人体モチーフの作品を一体ずつ見ていくと、それらはすべて異形に見えてくる。あの展覧会で作品は、見えない何かと溶けあって静謐な豊饒さをつくりだしていたが、写真という制度に写し出された一体ずつは、人体という名の異形に様相をかえていた。高橋は人体の細部や部分にも固執しながら、人体そのものではないものを表現していたのだ。
だからこそ展覧会のタイトルは「人体の母型」ではなく、「空間の母型」だった。
では、「空間の母型」とはいったい何を指し示していたのか。
たとえば私にとっての空間感覚とは、ある時間ある場所で、私以外の生きものや物質が意識されたときに起こる、波動の状態のような気がするのだが、高橋の「空間の母型」とは、彼自身と彼につながるすべての過去未来の全血脈をそこに呈示することなのではないか。
あの印象的な壁の真っ赤なシャツは、自身と家族の古着を染め重ねたのだという。だとすれば遠目に赤い薔薇が詰まっていると錯覚した壁には、喜ばしいゆうれいたちがひそんでいて、自在に変幻し出没していたから、その気配で立ちつくしたのかもしれない。
海外での滞在制作も多い高橋は、「・・・二十一世紀に生きる私にとって、彫刻は、神の天地創造を真似て人の姿に似たもう一つの人物像をこの世界に作りだすことではなく、身体を通して世界を知ることである・・」と自作を語るが、彼自身の理知的な言辞をこえて、作品にはゆるゆると豊饒で混沌としたものが流れている。瞬時に重層的に、背景の壁に主役を演じさせ、主役の人体を空気が流れる穴に変容させうる高橋靖史は、まさに現在形で空間の母型のなかにいる。
作品には彼自身のことばを超えて、凛とした緊張と余白の充溢がある。彼の作品はあふれる速度で消え、また、あふれる出る事態のことだろうと感じている。

入澤ユカ(INAXギャラリーチーフディレクター)

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