gallery2

塩保朋子
-ブレッシング ウォール-

会期 : 2006年6月1日(木)〜6月29日(月)
休廊日 : 日祝日

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。

「空を彫る」


一瞬そこになにがあるのか、判別できなかった。大学施設のエントランス部分に、ベールのような薄い膜が揺らいでいた。
2004年早春、京都市立芸術大学の卒業制作展で、塩保朋子の作品に出会った。
近づいてみると、大きなトレーシングペーパーがさざなみをたてているように、流れる刃先のかたちが密集し、渦を巻いていた。

透明・霞・蜘蛛の糸派ともいうべき作品群がある。透明な素材で、蜘蛛が糸を吐き出してつくる網のような、とどめられない作品やインスタレーションに遭遇する度に、これらは、空間をキャンバスに見立てた絵画であり、空間にある分子や粒子を彫塑の素材にした彫刻なのだと感じてきた。
塩保朋子の作品もまた、空間という空にある、見えないけれど確かにあるものに刀を突き立て、切り裂いてできあがっている。
見えないものを見たい、見せたいという地点から出発する作家とは、分子や粒子や電波などを、リアルなものとして感じる受信体を内包しているのかも知れない。
塩保の学生時代の作品には、木屑の粒子を同心円のリズムに固めた蜂の巣のようなものや、大きな、透過する球体などもある。いずれにも葉脈のような流れる線が現れてくる。
作家はいつも、繰り返し離散集合する絶え間ない流れをみている。触覚や聴覚や嗅覚がとらえた、見えないものの中に潜む、気のようなものをつかまえたがっていた。
木屑から、陶土、編まれた苧麻や樹脂へと、粒子や線の感触の違う素材を変えて、かたちは同心円、球体、円筒、投網のかたちから、樹脂の透けた立体という体験を課してきた。自分の感覚がどんな傾向をもっているのか、触って立てて丸めて吊ってと、確かめようとしてきた。だが、それらの素材の作品ならば、目を疑って足が止まることはなかった。
しかし、薄暗い建物で揺れている、大きな半透明のトレーシングペーパーの膜は、いきもののように変幻し、呼吸していた。
古来、工芸にも芸能にも紙を切る芸がある。しかしそれらの多くは、見えるものを絵画的に、あるいは裏表に現す芸だったが、塩保朋子は見えないもの流れるものを、紙という固定的なものに出現させたことが、特異だった。
その後、流紋に色彩が施され、作品は絵画性を強調していく。これらあでやかな色彩が施された作品は見せる力に満ちていていたが、見る者と見えるものの距離には、覚えがあった。
今展は、白一色のペーパーによるインスタレーションで、ここには、平面と立体、絵画と彫刻、あるいは現世と冥界の両界を行き来する感覚の多重的な構造が現れる。そこでは視覚以外の感覚の、透明に積み重なった記憶が揺れて、まとわりついて呼吸して、きっと立ち去りがたい余韻を残す。
塩保朋子の作品が媒介する、見えないものの豊饒さに出会うことになる。

入澤ユカ(INAXギャラリーチーフディレクター)

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