gallery2

川口奈々子
-流絡のペインティング-

会期 : 2006年6月1日(木)〜6月29日(月)
休廊日 : 日祝日

「感情山水画」


川口奈々子の絵について語ろうとしてすぐに、彼女自身と作品がいつどんな風に変貌していくのだろうかと、まだ起こってもいない未来に思いをめぐらしてしまった。
一瞬の邂逅になるのではないか。展覧会をするまでに、いまここにある表現は、憑き物が落ちるように消えてしまうのではないかと思った。若い作家は、短い一時期に、火山の噴火のように爆発的な熱量の作品を生み出してしまうことがあるからだ。リアルや嘘や、空想や妄想、物語や内奥のオブセッションまでも、まるで絵具による自動書記のように現して、見る者を圧倒する。何かに憑かれた荒ぶる振る舞いのようだが、表現とは荒ぶるものだ。

川口奈々子は欲望や不安、愛情といった感情や、滝、山並み、火山などを繰り返しモチーフにしていると自ら語る。滝や山並みというリアルに思えるものと、欲望や不安、愛情という目に見えないものを並列して、「モチーフ」だと語るところに、彼女の転倒と希求がある。希求をかたちにするために絵画というメデアを使ったが、作品は、絵画というよりは巨大ひとコマ劇画、あるいは、一幕絵巻と呼びたい劇場性をもっている。
蛍光感のあるピンクやイエローやグリーンブルーという色彩。モチーフは少女、あるいは三つ編みや絡み合うもの、繋がるものが頻出する。縫い物をする人物や、編み笠の僧侶はどんな喩なのか。動物のサルやクマやシカは時として彼女の化身か。火山や、花や樹木、滝の流れは、劇画のふきだしのことばのように直接的に語りかけてくる。
川口奈々子の作品をじっと見つめていると、涙と鼻汁にまみれた少女を借りて、山や木や火山に感情を託しているのではないかと思えてくる。山や木がリアルな生きものの場で、だが発語できない状態を現している。
少女やクマや僧侶は、彼女自身の暗喩に見えるが、偏在する山水なのではないか。川口奈々子のモチーフのほとんどは流れ、絡みあい、また離散し、繋がっていく。単色から多色のねじれ。やがてほどけ、また絡み溶けって色だまりが生まれる。一幕絵巻では、惨劇も笑劇もあらゆるものがうごめき、画面の全部で時間と事態が変化し続ける。

涙と鼻汁にまみれた少女像は、「nature in the girl」。首から上のほぼ正面向きの少女。頭髪部位に山を抱いている。眉は杉のような樹木形。その下の瞳は、ぐるぐる渦巻く沼湖。ぐるぐる湖沼から流れる涙は、鼻先に取り付いた顔幅よりも大きなリボンを通過して、溺れる予感の奔流になる。川口奈々子の作品は血や鼻汁や涙の溶剤で溶いた体液ドローイングだ。どろどろドローイング。粘液泥印具。
川口はあらゆるものを、一枚の画布に描ききりたいのだ。絵具ぜんぶを混ぜると黒になると教えられたが、川口はぜんぶを混ぜて発光させたいのだ。
いくつかの作品を経巡ってみると、グロテスクだと思えるものほど発光している。そして、極彩色の渦や色だまりから、別のものが動きだす。

入澤ユカ(INAXギャラリーチーフディレクター)

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。

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