INAX GALLERY 2

1998年12月のINAXギャラリ−2 Art&News
フロリアン・クラール展 −エレメント・ダンス−

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。



ポイエーシスの論理

建畠 晢 (多摩美術大学教授)

カノンの遵守は、必ずしも音楽の和音や建築のモデュールだけの話ではない。美術の世界に置いても、私たちは、アラベスクの幾何学的な装飾文様からそれこそシステミック・ペインティングの機械的な反復の方法に至るまで、厳密な法則性に依拠した表現を少なからず見出すことができるのである。自然科学者や経済 学者が、一見混沌とした現象を美しい一本の方程式によって捉えようとするように、アーチストたちもまた自らの恣意的な創造が"神の摂理"の顕現でもありうるような地平を理想としてきたといえるかもしれない。

フロリアン・クラールもまた、来日(1994年)以来、数と比例というきわめて整合的な造形原理を宿した一連の作品の制作に取り組んでいるアーチストである。彼はまさに音楽の和音とリズムのシステムを独自に再解釈することから出発し、その数の論理を造形作品にも導入しようと試みてきた。たとえば今年の KAJIMA彫刻コンクールで金賞を獲得した「CANON PERPETUUS IV」のメビウスの輪のように内側と外側のフォルムが連続している複雑な構造体は、二種類のシンプルな等比級数によって作り上げられたものである。有機的でありながらもメカニカルな美しさをもつこのオブジェが、バロック音楽の"螺旋状のカノン"と同じ構造を秘めているという事実は私たちを魅惑するが、それは創造という行為が自ずと普遍的な数の論理に結び付いているということへの驚きでもあるだろう。

しかしさらに興味深いのは、彼が「既成のものとなった数や調和のモデル」からは距離をとると述べていることである。彼はアーチストとしてあくまでも自らの「直感や自由な想像力」に忠実であろうとする。いかにも「思考は非物質的である」。しかしその思考を「物質に置きかえるときそれは不可避的にプロポーションや数を必要とする」というのだ。 つまり事前に論理があるのではない。彼はあらかじめ定められた論理によって作品を構築して行くのではない。数は直感的な思考の中で、必然的に見出されて行くのである。ある混沌とした発想の中からダイナミックなモデルを立ち上げて行く、その過程で秩序立ったシステムが予定調和的に生成されるといってもよいだろう。それは矮小化された人為的なシステム、規則のための規則ではなく、アーチストの"自由な想像力"のみが捉えうる普遍的な論理であり、ポイエーシスというものに備わった真実なのである。

「事物は数でできている」というプラトンの言葉を引いて彼は自らの作品を語っているが、たしかに私たちは彼の実験的な試みに、世界の、あるいは宇宙の祖型とでもいった印象を受けざるをえない。しかしそれらは遡求的に到達したモデルなのではなく、むしろ発生論的なモデルというべきであろう。混沌とした思索が宇宙の不可視のリズムに触れる、その至福の瞬間に形態は生命を吹き込まれるのだ。私たちの内奥に潜んでいた神話を呼び覚ます、フロリアン・クラールの神秘的なポイエーシス!




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