INAX GALLERY 2

1999年4月のINAXギャラリ−2 Art&News
大場緑 展 −虫のように鳥のように−

会期:1999年4月1日(木)〜4月27日(火)
休館日:日曜・祝日

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。



[UNSOLID] によせて

阿部布美子 (登満寿館アートサロン企画)

悲しみ 自らの心の中に生まれた、あるいは自らが生み出した、悲しみと名づけられた感情にからめとられて顏をふせる。
涙が色あせた部屋着に落ちる。しみた小さな丸の中に、これが更だった頃の色があらわれる。 独りの時間に、言葉は沈殿してゆく。今しばらくは僅かに身体を動かすことでさえも、澱を舞い上がらせてしまうだろう。
何ものにでも容易に撹乱されてしまうこの器を持ち歩く。その名前しか知らぬままに。

すべらかに白い肌が、撫でてみたい気持ちを誘う。豊かに表面を装飾されながら、中空であると名乗り滑稽味さえ纏って、小さな口を開けている。覗いてみたい私の興味は穏やかに押し返されて、思いだけが内部へと導かれてゆく。

四年前この同じ空間は、柵によって二分された。一方には「スッタニパータ(ブッダのことば)」から引用された、人間の貪・瞋・癈に関する言葉の数々が、断片を縫い合わせた糞掃衣を思わせる布の一面に書きなぐられたものが吊るされ、もう一方にはそれまでの技法による大作が壁を覆っていた。コーヒーによって彩色された小さな長方形の紙片の過密度なコラージュ。それは、作家の作為を見せられるというよりは、行為の堆積物が身体から剥がされ、掲げられているような当惑。
自と他、善と悪、清と濁−二つあることによって、その間を行き来する。自らがこちらにあれば、向こうは他となる。たとえ結界を設けようとも、思いはその内外を何不自由なく出入りし続ける一方で、葛藤をひきおこす。


この対立の空間にあって、特異な印象を残したものは、柵の内側にかけられた、紙で忠実に模され、二三の蜂が配されたスズメバチの巣の存在であった。
誰に教えられることもなく蜂が巣をつくる不可思議。自ら作り出したものに守られ、その中で生き、繁殖し、丸ごと一つの生命体となる。やがてその役割を終えた巣は、そこに残される。そして縞の波模様に目を奪われた者が知る。かつてここに密かな営みがあったことを。
人間として在るものが、そうでない存在に惹かれる。ほとんどそのものになれたらとさえ思う。憧れなどという甘美なものではなく、暗闇に耐えかねて光を求める。憑かれた者の姿。
彼女が始めた、自らが持つただ一つの方法、表現としての模倣。単調な手仕事の堆積。訳もなく親しみ、選びとられるやり方。一針一針刺繍をほどこす。つまみ出された突起に渦巻く紋様を描く。幾重にも層を重ね上げる。沈黙のうちに繰り返される行為の中に、行方の知れない自・他との対話は相手を失い、借りものの形と言葉は、指の先から消えてゆく。二分できないこの動きの外にはないことの静寂。SOLIDでありえないことの平安。一つ、二つと、空虚であることのしるしだけが数を増す。
差し出された、空ろな形−気がつけば、流し込むように言葉で満たそうとする自分に、ひとり失笑する。目の前の創造物は、その言葉の質量に耐えられずに床に転がり落ちることもなく、じっとしていた。

何ものにでも満たされ、移ろうであろう空のものと、頷くひまもないままに生まれた私というものと。 今は、ただ互いの似姿におかしみを湛えて向かい合っている。 他の生きものたちは、幸いにしてか持つことのない、彩り。




展覧会TOP PAGE 作家略歴 INAXギャラリー2
1999年の展覧会



INAX CULTURE INFORMATION
http://www.inax.co.jp/Culture/culture.html

ギャラリー2へのご意見、ご感想、お問い合わせ等はこちら
E-mail:xbn@i2.inax.co.jp

本ウェブサイトからの無断転載を禁じます

symbol
 Copyright(C) INAX Corporation
 http://www.inax.co.jp