Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。
フロギストンなき世界 中村 達郎(文筆家) 丘の上に腰を下ろして陽が沈んでいくのを猿とともに眺める。そよぐ風が遠くにある空気を運び、遠くの大気もやがては冷えてくると私たちの重い腰を上げさせる。太陽でさえ沈んでゆく。「見る」ものに眼を与えたあの力強い光もしかし、弱々しくなるにつれて美しくなるのはなぜだろう?そして、その淡い光に照り返されているものの顔がまた、疲れているほどに美しく感じられるのはなぜだろう? 「元気ですか?」と人は挨拶する。もちろん、元気であることはいいことだ。だけれども元気を強いられるのは辛い。人と人の競争、科学のスピード、いつでも身を浸していながら馴染めない。あらゆる武装を解いて夕日を眺めたい。脅迫することも脅迫されることもなく(人は自由や平和を目指してでさえ、自分自身をも脅迫する)、ただ無防備に夕日を眺めたい。関心なき適意』、例えばカントは「美」についてそう言った。私たちはあまりに私自身であろうとして、かえって見当違いの努力を続けているのではなかろうか?
山本の作品の前に立つ。過去から立ち昇る力、私たちはそいつを嗅ぐことになる。「質感」、美術を長年やってきた人間ならばそう言うのだろうが、前回の鉄やアルミ、今回の炭、どちらにも類似の匂いを嗅ぐときに私たちは、作者の中にあるえらく遠望の効く視力を感じないわけにはいかない。そして一方、今回感じられるはずの作品の味わいの劇的な変化にしても、ただ「質感」の変化によるものだけだとも思えないのだ。
「触れてはいけない」そんな緊張を伴いながらも恐る恐る手を伸ばしてみる。重さをほとんど欠いた灰黒の物体の表面はザラザラとして、遠くに聞く海の音がした。無数の穴が開いているのだろうか、ある一点で起こった音の波は穏やかに広がり、ついに私の身体の軸に届くとそれをも揺らした。触れるに触れられぬ緊張が「相剋」としてではなく「愛しさ」として震えるざわめき。それはやがて滅びゆくもののメッセージ。ギリギリに持ち堪え、生き延び、形を成してきたもののはかなさ、美しさ。
緻密な彫刻を施した作品を、山本は躊躇なく火中に投じる。フロギストンの脱出を助けるために。彼自身のアクを抜き去るために。
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INAXギャラリー2 1999年の展覧会 |
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