INAX GALLERY 2

2000年3月のINAXギャラリ−2 Art&News
中里和人 写真 展
−小屋 無心で奔放な建築 −

会期:2000年3月1日(水)〜3月29日(水)
休館日:日曜・祝日

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。



無心でアヴァンギャルドな

入澤ユカ(INAX文化推進部チーフディレクター)

無防備なお尻のようで滑稽で哀しく、だから切なく眼に焼きついた。あれから20年近い今年の正月、八丁堀の表通りで家の取り壊された跡から、奥の家が忽然と浮かぶようにあらわれた時にも、あっと声をあげた。戦後のバラックのままに玄関脇に3畳分ほどの継ぎ足しをした小さな家。小屋や小さな家並みに出くわすと、突然のように正気を失う。たった一間、屋根と壁と少しの窓のなかで、ひっそりと暮らしている像を夢想する癖はやまない。小屋に世界遺産の指定があれば、フリージャズならぬフリー小屋部門で宝庫、真っ先の指定を受けそうな青森という地に生まれたせいか、小屋の写真を持ってあらわれた中里和人に、一瞬嫉妬にも似た感情を抱いた。宝のありかを知っていて掘るのを一日延ばしにしていたら、まんまと掘られてしまった口惜しさもまじった感情。

35mmのスライド数点を見て、私は意地悪そうな口調でこう言った。「紙焼きにして、展覧会をしたいと思うものをセレクションして、もう一度見せてください」と。半月ほどですぐやって来た。私の見せびらかしたいような隠しておきたかったような宝がいくつもそこにあった。もっとすごい小屋だって知っていると言ってみたかったが、中里は10年ちかく小屋の旅をしていた。余談だがこの小屋の展覧会の話をすると、何人ものアーティストが「やられた!私だって写真も撮っていた」と叫んだ。多くの人々が現実と夢想の淡いはざまで、薄暮のような予感に導かれて「小屋の八十八ヶ所めぐり」をしていたようだった。


小屋にはてらいがない。小屋は無心だ。小屋は粗にして素だ。小屋はアヴァンギャルドだ。小屋にはにおいがある。小屋はエロチックだ。小屋は切ない。小屋は包む。小屋は隠す。小屋は働く、ひたすら働く。小屋は陽気だ。小屋は暗い。小屋はけちで汚い。小屋は健気だ。小屋で泣いた。


写真家としての中里は、ブンガクテキな視線で対象に出会ってしまうという資質をもっている。しかし展覧会が決まり、自分の推す小屋と多くの他者がいとおしむ小屋のはざまを揺れて視線が定まってきた。小屋は他者の眼にさらされて、さらに立ちあがってきた。

テーマという魔物は、類型を累々とこしらえてしまう罠を仕掛けるものだが、用のために作られ壊れ、また繕われてきた小屋は類型にはならない。それが小屋という存在だ。家や服や食までが類型を演じるのに、雑作もなく無心に生まれてくるから私たちを強く惹きつけるのだろうか。

表現とは発見であるという事件がまた一つおきた。中里が発見した小屋は、小屋ウィルスをもっているということも判明した。強い感染力をもっている。小屋ウィルスの発症を待っていた時代が、今だともいえる。症状は記憶をゆさぶり、回帰願望を刺激し、質素や禁欲の幻想を抱かせ、人を瞑想や哲学に向かわせたり、泣かせたりする。




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