INAX GALLERY 2

2000年11月のINAXギャラリ−2 Art&News
小川泰生 展
− 発生絵画 II −

会期:2000年11月1日(水)〜11月28日(火)
休館日:日曜・祝日

Art Newsは、ギャラリー2の展覧会カタログです。ここに掲載論文を御紹介します。



発生絵画II・自閉する豊穣さ

入澤ユカ
(INAX文化推進部チーフディレクター)

兆すという現象は、当たり前だと思っていることがらの周辺に、ぼんやりと違うという感覚が生まれたこと を感知することからはじまる。そのうちに違和の棘や共感の細部を語る人々があらわれ、やがてそれらが異なった地で同時多発的に起こったことを知ると、その感覚は確信の方へと開いていく。
10月の河合晋平に引き続いて、私の造語「発生絵画」的作品をつくる小川泰生があらわれた。 そこで発表の月をあえて並べた。現象は私の中に兆しているではなく、彼らに兆してる。 いや彼らからすれば世界に兆していることにうながされて、生みだしたのだと言うのかもしれない。
小川泰生のモチーフは細胞分裂のある一瞬のすがたかたちのようだ。水彩絵具やダーマトグラフで描いた円や水泡や分裂のかたちのうえに厚さ1cmくらいまでパラフィンワックスを重ねる。 うす淡いはちみつ色をしたパラフィンワックスは羊水というイメージ、赤や黄の絵具がつくるドローイングは血液や体液の軌跡のようで、白濁した柔らかな膜を通して見るかたちは、生きているもののように揺らいであらわれる。
パラフィンワックスは液体と固体の二面を表現する。膜という液体でもなく固体でもない臨界的ありようをあらわすために選ばれた物質によって、発生という感覚がやってくる。
彼の作品の多くは「トロンティシュー」というタイトルをもっている。トロンティシューとは造語だという。 河合晋平のタイトルも造語だったが、まるで創造主のように二人とも発生や種という概念を核に造語する。 ティシュー(tissue)とは英単語で「(動植物の細胞からなる)組織」という意味だそうで「トロンとは"とろける ような、とろんとした"という日本語の語呂をティシューの頭に加えたものです」と語っている。 彼には「月を眺めることで穏やかでクリアな精神状態になれる」と書いた文章がある。 「小刻みな秒針のような時が太古から未来への緩やかな時の流れに変わり、自分の中で様々なイメージが膨らみはじめる」と。生きている限りは誰も時間からは逃れられないという言説があるが、 芸術家とは、作品をしていくつかの違う時間をつくることができ、月や細胞や光年をことばや数式を使わないであらわすことができる存在なのかもしれない。
特定種のようなタイトルをもつこれらの作品は、抽象や具象という枠組みをも逆転させる。 彼の限りなく抽象画のような作品は細胞分裂を描いた具象画ともいえるが、私たちは対立概念では何も語れないところに来てしまっている。時代の進化がもたらした宇宙や種や人体のしくみの、微細から広大までの圧倒的な映像量を記憶に刻んだ私たちは、抽象と具象という二項で語られることのほとんどにリアリティをもてなくなっていた。そこに小川泰生たちがあらわれた。小川は細胞分裂にインスピレーションを受けたというが、細胞分裂のある一瞬を写生しているわけではない。細胞分裂らしきモチーフで語っているのは、自分の中にある固有の時と物質の存在と、それらと交感し完結しているという自分のリアリティであり、自閉の豊穣さである。彼らそれぞれの自閉する豊穣さに強く惹きつけられるのだ。
小川泰生もまた30歳代はじめという年齢である。この年代からの作家によって「発生絵画」的な流れは奔流のような大きなうねりになっていくだろう。



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